信者とアンチ悪質なのはどちらか?
とてもデレケートな話題なので今まで避けていたがやはり言及しておきたいことなので書くべきである。
信者とアンチはどちらが悪質なのかということだ。これはとても不毛なことなのかもしれないが
俺はあえて信者、アンチなどと分けるより異常者であると言おう。だがこの理由を書く前にそもそもなぜ人から信者、アンチと呼ばれるかを解明しなければいけない。
すでにそういうレッテルを貼られる時点で異常者だと認定されたと言える。では信者もアンチも同格にすぎず、どちらが悪質かなどわかるはずがない。
だが認定する側が必ずしも一般良識を持つ輩なのかといえばそうとは言えない。
今まである派閥に所属していた人間が派閥の長をさんざん評価していたのに
ある事件で派閥から脱退せざるおえなくなった途端、人が変わったように元の飼い主の過去の批判までしまくるようになるのと同じで
必ず自分の都合の良い基準で相手を信者、アンチと認定するのだから。
もちろん自称平等で良識のある私ことがうそでも偏った味方で相手を罵ったり褒めたりすることが時々ある。
それでも俺はどのようなきっかけで人は信者、アンチになるのか、あるいは信者⇔アンチに変貌してしまうのかを調べた。
まず、信者というのは自然発生的に生まれやすいことがわかる。ある人物や団体に崇拝するかしないかは相手のマインドコントロールもあるかもしれないが最後に決めるのは俺一人ある。
アンチもその団体、作品のことが心底嫌いで自然発生的にアンチになることもあるが、それは自分の理念に反するので一種の正義感からアンチとなるので
そこまで達者な脳みそを持つ輩が希薄なので実際はかなり少ないと言える。
自分の興味を持てないものに進んで歩み寄ってそれがどうしようもなく嫌いになる輩などそれほど多くいないはずである。
多いように見える人もいるかもしれないがインターネットによくある少数意見を多数に見せやすい錯覚であるのでだまされてはいけない。
そのような正義感を持つ輩など世の中にたくさんいれば今頃はきっと日本は正しい道をあゆんでいたはずであり
ましてやインターネットなどといういい加減な不真面目な思考で入り浸っている輩の住処にそんな達者な人物がどれだけいるだろう?
アンチとは妬み、恨み、悪戯から生まれる感情によるものである。いわゆる悪の部分である。成功者や幸せな人間を憎む。
そして信者とは羨望や尊敬という前向きな期待から生まれるので幸せな状態の清らかな心の持ち主。
これが真の信者、アンチの定義ではないだろうか?
よこしまな輩によって一方的な決め付けによって認定された信者、アンチは信者、アンチなどという名前ではなく、一言でいうとどちらも異常者だ。
信者からアンチに変貌するとよく言われるが何も変貌などしていないのである。
何かを貶すことによって自分の信じているものを持ち上げる行為自体にまったく変化がない。
よく言われてる信者、アンチとはようするに異常者と呼んでしまえば一番早く片付く。
この認識を一人でも多くの方が知ることが信者とアンチの無駄な対決を少なくすることになる。
どうか異常者の書き込みに簡単に乗らずにいただきたい。
2ちゃんねるから少しでも荒らしの工作が少なくなることを前向きに期待したい。
なぜそんな利益にもならないことをこのがうそなどという男は訴えるのか
とお思いの方もいらっしゃるだろうが俺は2ch信者だからであるといえばおわかりになって頂けるでしょう。
信者とアンチはどちらが悪質なのかということだ。これはとても不毛なことなのかもしれないが
俺はあえて信者、アンチなどと分けるより異常者であると言おう。だがこの理由を書く前にそもそもなぜ人から信者、アンチと呼ばれるかを解明しなければいけない。
すでにそういうレッテルを貼られる時点で異常者だと認定されたと言える。では信者もアンチも同格にすぎず、どちらが悪質かなどわかるはずがない。
だが認定する側が必ずしも一般良識を持つ輩なのかといえばそうとは言えない。
今まである派閥に所属していた人間が派閥の長をさんざん評価していたのに
ある事件で派閥から脱退せざるおえなくなった途端、人が変わったように元の飼い主の過去の批判までしまくるようになるのと同じで
必ず自分の都合の良い基準で相手を信者、アンチと認定するのだから。
もちろん自称平等で良識のある私ことがうそでも偏った味方で相手を罵ったり褒めたりすることが時々ある。
それでも俺はどのようなきっかけで人は信者、アンチになるのか、あるいは信者⇔アンチに変貌してしまうのかを調べた。
まず、信者というのは自然発生的に生まれやすいことがわかる。ある人物や団体に崇拝するかしないかは相手のマインドコントロールもあるかもしれないが最後に決めるのは俺一人ある。
アンチもその団体、作品のことが心底嫌いで自然発生的にアンチになることもあるが、それは自分の理念に反するので一種の正義感からアンチとなるので
そこまで達者な脳みそを持つ輩が希薄なので実際はかなり少ないと言える。
自分の興味を持てないものに進んで歩み寄ってそれがどうしようもなく嫌いになる輩などそれほど多くいないはずである。
多いように見える人もいるかもしれないがインターネットによくある少数意見を多数に見せやすい錯覚であるのでだまされてはいけない。
そのような正義感を持つ輩など世の中にたくさんいれば今頃はきっと日本は正しい道をあゆんでいたはずであり
ましてやインターネットなどといういい加減な不真面目な思考で入り浸っている輩の住処にそんな達者な人物がどれだけいるだろう?
アンチとは妬み、恨み、悪戯から生まれる感情によるものである。いわゆる悪の部分である。成功者や幸せな人間を憎む。
そして信者とは羨望や尊敬という前向きな期待から生まれるので幸せな状態の清らかな心の持ち主。
これが真の信者、アンチの定義ではないだろうか?
よこしまな輩によって一方的な決め付けによって認定された信者、アンチは信者、アンチなどという名前ではなく、一言でいうとどちらも異常者だ。
信者からアンチに変貌するとよく言われるが何も変貌などしていないのである。
何かを貶すことによって自分の信じているものを持ち上げる行為自体にまったく変化がない。
よく言われてる信者、アンチとはようするに異常者と呼んでしまえば一番早く片付く。
この認識を一人でも多くの方が知ることが信者とアンチの無駄な対決を少なくすることになる。
どうか異常者の書き込みに簡単に乗らずにいただきたい。
2ちゃんねるから少しでも荒らしの工作が少なくなることを前向きに期待したい。
なぜそんな利益にもならないことをこのがうそなどという男は訴えるのか
とお思いの方もいらっしゃるだろうが俺は2ch信者だからであるといえばおわかりになって頂けるでしょう。
コメント
とおりすがりの徘徊者
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先生のアンチと信者の定義はよくなっとくできました。